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「ジョゼと虎と魚たち」を観て、「リアル」を読んで、車いすの人と健常人とのコミュニケーション、ディスコミュニケーションを考える(2008年5月の記事)

「ジョゼと虎と魚たち」を観賞する。これは、相当いい映画だ。こういう映画を自分も大学生の時に観ておいたら、もう少しはまともな大人になれたかもしれない。田辺聖子は、あんなおばあさんなのに、どうしてこんな若者の気持ちが分かる小説を書くことができるのであろうか。凄い人だ。俳優陣はジョゼの池脇千鶴の演技はなかなかよかったが、かなえの上野樹里は酷すぎる。そもそも役もヒールで悪いのだが、上野の最大限の魅力である天真爛漫さがまったく封印されており、なんか生真面目で世界観の矮小な独善的な女子大生のつまらなさだけが伝わってきて、なぜ主人公が彼女の元に戻っていくのか、そのリアリティさがまったく観ている側に伝わらない大根演技ぶりである。まあ、池脇の引き立て役としてはいいが、最後に妻夫木聡演じる主人公の恒夫が寄りを戻すだけの魅力はまったく表現できていない。おまけに最後のシーンで恒夫は号泣するしさあ。号泣するなら、別れるなよな。これを観て、本当につくづく上野樹里は「のだめカンタービレ」に巡り会えてよかったと思う。さて、こんなけちばかりつけていて、じゃあ、何がいいのかというと、ストーリー。そして、映像。後半部分のロード・ムービー的な映像の流れはなかなかいい。特に、お魚の館とかいうラブホテルの映像はいい。大学生時代のカップル旅行の刹那的なエモーションがうまく演出されている。さらに、サントラ。旅行に主人公と池脇が出かける時、ハイウェイのゆるいリフを刻むガットギターの音が流れた瞬間は、相当格好いい。思わず、アドレナリンがドッと出てくるような高揚感を覚える。さすが、くるり。くるりのオリジナルのミュージック・ビデオのくだらなさに比べて、この映画でのハイウェイは本当、格好いいですわ。のだめからの上野樹里ファンには大いなる失望を招く作品かもしれないが、それ以外の人にはお勧めできます。


さて、この「ジョゼと虎と魚たち」を鑑賞した直後に、井上雄彦の「リアル」を一挙に大人買いして読む。いやあ、素晴らしい漫画である。このレベルだと、もう世界クラスだ。ちょっと説明的なところが玉に瑕であるが、最近の若者には言葉で説明しないと理解されないからなあ。ジョゼと同様に車いすの人達の物語である。両者とも車いすの人と健常人とのコミュニケーションとディスコミュニケーションとの話である。しかし、ジョゼは健常人の世界から遮断され、健常人の世界の人達が彼女を理解しようとしない中、引き籠もっている話であるが(だからこそ、最後のシーンでジョゼが電動車いすを快走させているシーンに我々は感動するのである)、「リアル」は車いすの人達の群像劇であり、むしろ健常人が彼らを理解するために苦労し、努力する。コミュニケーションをするうえで、ジョゼの世界では健常人の主人公が「健常人こそが普通という」世界に逃げたり、とりあえず身障者をぶったりして、その力関係は基本的に対等ではない(セックスや料理だけがそうではなくて、ジョゼがその武器をうまく使うのはある意味、非常に理に適っている)。しかし、「リアル」では身障者の周辺の普通の人達も傷つく。高橋の母親、高橋の彼女の本城ふみか、山下夏美にほとんど相手にされない野宮、清春の幼なじみの安積などである。その違いが、車いすを観る我々の視点をも変える。そして、ちょっと健常人視点で、ジョゼを「けったいな物体」として観てしまうような価値観が「リアル」では覆される。


ちょっとしたきっかけで、そちらの世界に行く可能性を我々は常に抱いて生きている。ちょっとしたきっかけで死んでしまうように、ちょっとしたきっかけで車いすの方の世界に行くようなもろい状態で我々は生きているのである。ということを「リアル」は痛烈に読者に伝えてくる。彼らと我々とを分かつ境界線はあってないようなものである。それこそが「リアル」な状態であり、だから車いすであろうと、普通であろうと、その生を思い切り楽しむことが重要である、というメッセージが強烈にうっとうしいほど発信されている。そして、そのように「リアル」に生きようとしても、なかなか、その「リアル」が掴めない野宮が主人公であることで、我々も彼らの世界に飛び込ませられる。そこが傍観者として読める「スラムダンク」と「リアル」の違いである。とはいえ、井上雄彦の漫画を貫くのは「バガボンド」もそうだが、生命賛歌である。ただ、その生命賛歌が「リアル」では、障害者が中心となっているので、より強く表現されている。それにしても、よくつくられた漫画だよねえ。井上雄彦はほとんど天才だ。ノーベル漫画賞があれば、彼は間違いなく取るべきである。

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